異文化に囲まれながらの日本生活

朝一番で歯医者に。

きれいな日本語で話す南米系の方だと思われる親子。
ポルトガル語で話す親子もいた。

1月であったか。
中国語を話すふたりもいた。
そのうちひとりは日本語の通訳としてついてきたようである。

中国語の場合、自然に耳に入ることも多い。
つまり意味がわかるということ。

ポルトガル語やスペイン語もところどころわかる言葉がないわけでもないのだが、やはりこちらは脳が完全に外国語として処理しているようである。

自分が中国という外国に住んでいたことや日本語教師の経験があることから、国内に住む日系を含む外国人の方々はどうしても気になる。



さて歯医者のあと、コーヒーが飲みたくなり、ミニストップに寄った。
お目当てはアメリカンコーヒーのS。
私はサントスが好きなのだが、ミニストップのマンデリンの味わいも好きである。
そして持論としてはコーヒーは薄めの味のほうが味わいを感じやすいということ。
そんな私はエスプレッソよりはアメリカーノを好む。

とこの件を記した時点で文化の混在を感じる・・・。

歯医者ということで朝ごはんは簡単に済ませておいたので、お腹も空いていた。
とはいえ、最近は健康に注意しており、あまり変なものを食べないようにしている。
選んだのはバームクーヘン。

30代の頃、ドイツ語をかじっていたことがあった。
(単語レベルではあるものの)メモにも使っていたのに、今ではどこに行ったのやら。
時々曜日が思い出せないことすらある・・・。
それはともかく、バームクーヘンというものはドイツ語圏でそれほど食べられていないという。

我々はそういうことを知っていながらも、何かの外国にかぶれているときはその有名なものやそれをイメージできるものを買ったりすることは多い。
中国でも某日系スーパーでバームクーヘンが売っているとついつい買ってしまったり・・・。

春先になると、ロシアの血が騒ぎそれ系統のものが欲しくなる。
一番餓えるのは日本では手に入れにくいクワス。
中国ではけっこう多くペットボトルで売られている。
もちろんおいしいものもおいしくないものもあるのだが、仮においしくないものでもついつい買ってしまうのが春先から初夏。

それを思い出しながら、信号待ちでバームクーヘンとアメリカンコーヒー。
カーナビからは中国語の歌のMP4が流れている。
走行中に画面を凝視しないように、曲の情報などで画面を隠してはいるが、当然信号待ちのときに画面が目に入ることもある。

ある台湾の歌手の10代の頃の映像であった。
当時から歌が上手かったことは知っている。
ただ歌っているときの口元と、聞こえた音からとてもきれいな“国語”であることを再認識した。
台湾の方の中国語の標準語、いわゆる“国語”はやはり南方の方の特徴があることが多い。
しかし歌手の場合、とてもきれいなことも多い。

現在の中国本土はピンインによりローマ字的な発音である人がけっこういる。
私自身広東省にいたことで南の発音であり、さらには母語話者ではないのであえて無気音を日本語の濁音+ローマ字式にして話している。

もちろん台湾の場合でも母語が国語ではなく、閩南語や客家語や少数民族の言葉であることも多い。
いや逆にそれらの方の国語のほうがきれいであったりする。

信号が変わったので車を走らせながら耳は歌を聴いていた。
中国の情景を思い出した。


私が得意な料理は中華。
そして食べるのは中華だけではなく、韓国料理もベトナム料理もイタリアンも大好きである。

今この部屋で周りを見回すと、存在しているものは日本のものだけではない。
日本のものと一緒に外国のものもあったりする。

おそらく死ぬまで日本文化と異文化のミックスの中で生活をするのであろう。
それでも自分が(単に国籍という面ではなく)リアルに日本人であることは自覚している。

これから異文化と共生してゆかねばならない日本に住む日本人として「もっともっと柔らか頭でいなければ・・・」と思った午前であった。





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おかしな日本語? おかしな外国語? 馬鹿にすることなかれ!

以前日本を離れる直前までけっこう様々な外国人の方と出会う機会があった。
だがその後ずっと中国にいたため、外国人といえば、やはり中国圏の方々のことが一番よくわかる。

そして帰国後は中国語圏や英語関係者と出会うことが多かった。

しかしここにきて、実に様々な外国人の方々と出会うようになった。
私は職務柄ほとんどを日本語で話すのだが、やはり外国人の話す日本語も母語によってそれぞれ癖があることをまざまざと知ることとなった。

日本ではプロの日本語教師をしたことがないので、ある意味新鮮さを感じている。

中国で我々日本人の中国語が通じないこともけっこうある。
だが、これもお互いの慣れで解決できる。

何が言いたいかといえば、「我々の話す外国語も外国人の話す日本語も当然癖があることが多い」ということ。

いや、「あって当然」なのである。

これからますます日本で外国人が増えていくであろう。
共生を考えるとき、「変な日本語だと思っても、下手に感じても、聴いて理解しようという姿勢が大切」であろう。

自分が中国に住んでいた経験からそれを感じる。

(どうでもいい話だが、私より中国語普通話が怪しい中国人もけっこう多い。)


最近本当に増えた外国人の方々

最近帰国2年目を迎えた。
というわけで先週末から本日まで外国語の勉強なんかまったくしていない~
とはいうものの、毎日外国語には触れている。
電車の中でのスマホや車で移動時にはMP3やMP4(カーステの場合音楽情報で画面を伏せている)、ビデオオンデマンドサイトでもMTVや言語情報を見ている。
ただ、真剣に外国語を考えていないだけ。

中国語はけっこう聴き取れるものの、他は楽しんで過ごした6日間。

さて、最近街中や仕事上で、ある国の方々に会うことが増えた。
その国の言語は今まで本格的に勉強したことがない。
ただ、少し中国語南方方言のいくつかがわかるので、時々わかる部分もある。
これがどこの国の何の言語はしばらく伏せておく(ここまで記せば的は絞れるが・・・)。


最近外国から日本に帰国した何人かの方の話によると、「外国人の方が急に増えた」とか。
実は私が本格帰国した時も(その数か月前に最後の一時帰国をした時も)感じている。

しかし、最近本当に急激に増えたように思える。

地元の安くて品ぞろえが多い食品店。
昔から日本人もブラジルやペルーの方も多かった。
ところが私の帰国前後から本当に様々な国の方が集まるようになった。
言葉を聴いていて何語か区別がつかなくなってきた・・・。

私は20代の頃からスーパーなどで外国の方の買い物かごの中身を観察するのが好きであったのだが、個人商店となるとうじゃうじゃ人がいてかごの中までは観察できない状態・・・。

こうなるともう日本も外国籍の方、外国出身の日本籍の方とうまく共存していかなければならない。

私自身20代の頃から仕事で外国籍の方々と一緒に仕事をしてきた経験があるし、今現在も変わらない。
これからはどの業界でもそうなっていくのかもしれない。





外国人の方って怖いですか?

私の日常生活で、外国の方を見ることは珍しくもなく、ほとんど毎日会っている。
だが、外国の方がいるとどうしても(さりげなく)観察してしまう。

電車内で見かけた日には近くに座るか、そうでなければ観察できる位置に座る。
(椅子取りゲーム状態の時にはそんな余裕がないけれど・・・)

知人の日本人の中で「外国の方は怖い」という方も多い。
文化・風習・習慣が違えば、それもごもっともなこと。

実際私も全然怖くないとは言わない。
(向こうにしてみれば、私らのほうが充分怖いと思っているかもしれないが。)

ただ一番大切なことは「嫌な雰囲気の方には近寄らない」ということ。
(日本人相手でも同じだが・・・)

この感覚は特に外国生活で身に付いたもの。

もっとも私の社会人歴の2/3近い経歴の職業の影響という下地もあるのだが。





異文化の違いと行動や習慣の違い

以前中国で日本語教師をしていたからなのか、本当に様々な外国籍の方と出会う。

そして日本国籍の外国語使いとも出会う。

私より日本的な外国籍の方もいれば、時々日本が世界に誇るマナーなど捨ててしまっている外国語使いに出会ったりもする。

もちろん素晴らしい日本国籍や外国籍の日本人の方々も多い。

とあえて記した理由は・・・。


異文化というのは何も外国とつながりがあるものだけではない。
自分と違う考えや行動を持っていれば、それは異文化。

つまり、異文化などどこにでも転がっている。

極端なことを記すと↓↓↓
恋人同士。
ムードが高まった。
自然にキスへ。
その時、お互いの首を曲げる方向が反対だとしたら・・・。

そこでお互いにどう思うのであろうか・・・・・・・・・。