おかしな日本語? おかしな外国語? 馬鹿にすることなかれ!

以前日本を離れる直前までけっこう様々な外国人の方と出会う機会があった。
だがその後ずっと中国にいたため、外国人といえば、やはり中国圏の方々のことが一番よくわかる。

そして帰国後は中国語圏や英語関係者と出会うことが多かった。

しかしここにきて、実に様々な外国人の方々と出会うようになった。
私は職務柄ほとんどを日本語で話すのだが、やはり外国人の話す日本語も母語によってそれぞれ癖があることをまざまざと知ることとなった。

日本ではプロの日本語教師をしたことがないので、ある意味新鮮さを感じている。

中国で我々日本人の中国語が通じないこともけっこうある。
だが、これもお互いの慣れで解決できる。

何が言いたいかといえば、「我々の話す外国語も外国人の話す日本語も当然癖があることが多い」ということ。

いや、「あって当然」なのである。

これからますます日本で外国人が増えていくであろう。
共生を考えるとき、「変な日本語だと思っても、下手に感じても、聴いて理解しようという姿勢が大切」であろう。

自分が中国に住んでいた経験からそれを感じる。

(どうでもいい話だが、私より中国語普通話が怪しい中国人もけっこう多い。)


スポンサーサイト

最近本当に増えた外国人の方々

最近帰国2年目を迎えた。
というわけで先週末から本日まで外国語の勉強なんかまったくしていない~
とはいうものの、毎日外国語には触れている。
電車の中でのスマホや車で移動時にはMP3やMP4(カーステの場合音楽情報で画面を伏せている)、ビデオオンデマンドサイトでもMTVや言語情報を見ている。
ただ、真剣に外国語を考えていないだけ。

中国語はけっこう聴き取れるものの、他は楽しんで過ごした6日間。

さて、最近街中や仕事上で、ある国の方々に会うことが増えた。
その国の言語は今まで本格的に勉強したことがない。
ただ、少し中国語南方方言のいくつかがわかるので、時々わかる部分もある。
これがどこの国の何の言語はしばらく伏せておく(ここまで記せば的は絞れるが・・・)。


最近外国から日本に帰国した何人かの方の話によると、「外国人の方が急に増えた」とか。
実は私が本格帰国した時も(その数か月前に最後の一時帰国をした時も)感じている。

しかし、最近本当に急激に増えたように思える。

地元の安くて品ぞろえが多い食品店。
昔から日本人もブラジルやペルーの方も多かった。
ところが私の帰国前後から本当に様々な国の方が集まるようになった。
言葉を聴いていて何語か区別がつかなくなってきた・・・。

私は20代の頃からスーパーなどで外国の方の買い物かごの中身を観察するのが好きであったのだが、個人商店となるとうじゃうじゃ人がいてかごの中までは観察できない状態・・・。

こうなるともう日本も外国籍の方、外国出身の日本籍の方とうまく共存していかなければならない。

私自身20代の頃から仕事で外国籍の方々と一緒に仕事をしてきた経験があるし、今現在も変わらない。
これからはどの業界でもそうなっていくのかもしれない。





日本に本格的帰国予定の方へ

日本に帰国して明日でちょうど2年となる。

一つ記しておきたいのは、住民登録がいつであろうと、パスポートに入国スタンプが押された日にさかのぼって登録されるということ。

つまり下旬に帰国して、忙しさなどから翌月に登録したとなると、国民年金支払いや国民健康保険がすぐ2か月分やってくるということになる。
それも先月分は期限日ぎりぎり状態で・・・。

私などまったくこのパターンであった。

で今度は余裕をもって(お金の余裕はないのに・・・)できるだけ早めに払うと、就職した月に二重支払いとなって、通知が届く・・・・・・。

「本格的な帰国を予定されている方で、日本に住民票がない方は注意してくださいませ」


外国語はやはり母語との結びつきが大切か?

私の韓国語はまだまだ基本会話レベル。

ただ、聴いてわかる単語は多い。
しかし問題がある。

それは私の韓国語は日本語よりも中国語と結びついているということ。
http://amezukmk.blog.fc2.com/blog-entry-2.html
http://amezukmk.blog.fc2.com/blog-entry-17.html

私は日本語教師をしていたことがあるし、今でも多くの外国籍の方と出会う。

マルチリンガルの外国人の方がいたとする。
わかりやすく中国語ネイティブの日本語・英語話者と考えてみる。
その場合日本語⇐⇒英語・英語⇐⇒中国語の通訳・翻訳を課したとする。

たいていは中国語と英語ほどの通訳・翻訳能力がないことが多い。

よく「外国語は外国語のままで覚えろ」と言われる。
しかし日本語教師をしていた私から言わせると、自由に通訳・翻訳ができないと困るのである。

もちろんこんな偉そうなことを記している私でもこんなことはある。
例えば、ある中国語は中国語でわかるのだが、日本語に訳せない・・・。
日本語の概念にない言葉であればあるほど難しい。

そこでやはり頼りとなるのは母語または準母語であるものでの対象言語の思考。

だからこそ私は中国語でわかる韓国語を徐々に日本語と結び付けてゆこうと思っているのである。

特に韓国語や朝鮮語は中国語よりも言葉の表現が多い。
ある意味日本語よりも多いのかもしれない。

そうなると日本語母語話者の私はそれを活用しない手はない。

(若干長くなったので、無理やりここで終わらせる・・・。)

※20160721 JST21:21改訂:
修正前:「日本語⇒英語・英語⇒中国語の通訳・翻訳」
修正後:  「日本語⇐⇒英語・英語⇐⇒中国語の通訳・翻訳」 

韓国ドラマの字幕なしに(仕方なく)チャレンジ中

中国にいる時に韓国ドラマにはまっている。
それも中国だと、韓国原版を見ることができるのがありがたい。
日本版だと著作権の都合でBGMなどが変わったり、放映時間が短くなったりという難点もある。

帰国してもうすぐ2年。
最近ようやく少しは余裕が出てきたので、好きな韓国ドラマにも手を出せるようになった。

ところがあるドラマの16話中9話の途中で、中国語字幕のものが見られなくなった・・・。
仕方なく英語字幕版を探したのだが、見つからない。
見つかったのは字幕なし・・・。

それでもなんとか12話までは見た。

困ったことに私の韓国語はどちらかといえば、中国語とつながっており、ドラマを見ていても瞬時に頭の中で翻訳されるのは中国語が多い・・・。

これはけっこう怖いこと。
私の中国語は不完全。
そうなると、どこかで韓国語能力も頭打ちになるような気がしている。

それでもなお中国語字幕で見ることを好むのだから、習慣は簡単には変えられないものであることを実感する・・・。

外国人の方って怖いですか?

私の日常生活で、外国の方を見ることは珍しくもなく、ほとんど毎日会っている。
だが、外国の方がいるとどうしても(さりげなく)観察してしまう。

電車内で見かけた日には近くに座るか、そうでなければ観察できる位置に座る。
(椅子取りゲーム状態の時にはそんな余裕がないけれど・・・)

知人の日本人の中で「外国の方は怖い」という方も多い。
文化・風習・習慣が違えば、それもごもっともなこと。

実際私も全然怖くないとは言わない。
(向こうにしてみれば、私らのほうが充分怖いと思っているかもしれないが。)

ただ一番大切なことは「嫌な雰囲気の方には近寄らない」ということ。
(日本人相手でも同じだが・・・)

この感覚は特に外国生活で身に付いたもの。

もっとも私の社会人歴の2/3近い経歴の職業の影響という下地もあるのだが。





歴史と帰国してから今までの振り返り

帰国後ずっと行きたかった。
以前日本にいた時も行っていなかったし。

これは電車を降りた駅。
IMG_20160710_104649.jpg 

行きたかったところ
DSC01324D.jpg DSC01319D.jpg 

この後、歩いて道の駅「もっくる新城」へ。
簡単な腹ごしらえと足湯を楽しんだ。

おじさんの脚の写真なんか要らないであろう・・・。

ちなみにこの道の駅には何度か来たことがある。
もちろん車で。


電車に乗った駅
IMG_20160710_125934.jpg 

なぜ今まで行かなかったかといえば、帰国してからの仕事で一時期この付近と関係があったので。

2年も経っていないのだが、今ではその仕事場もない。
そしてその付近の景色もすっかり変わっている。
それがわかっているので、やっと出かける気になったのである。
それもわざわざ電車と歩きで。

歩きながら考えたかった。
今月下旬に帰国2周年を迎えるにあたって。

私にとって新暦7月7日は七夕ではなく・・・

7月7日は盧溝橋事件があった日。(1937年)
中国に住む日本人がおとなしく過ごす日のひとつ。

それもあるから私は旧暦での七夕を好むのかもしれない。
別に中国生活の習慣だけの問題でもないようである・・・。

閩南語の歌

今年から基本的にオフィス内で仕事をしている。

そして本日は外に出る予定はなかった。

だが、急なことが発生し、出かけた。

その時あまり日が照っていなかったのだが、事務所に戻った時にかなりの疲れを覚えた。

 

私はスイーツ大好きなのだが、普段は洋菓子を好む。

しかし、(あんまんを除いて)小豆系の和菓子も好きであったりする。

帰りの電車でひたすら「和菓子を買うこと」を考えていた。

だが、地元の駅の店には心が動くものがなかった。

仕方なくまた電車に。

自宅付近の駅で電車を降りた時、ショックで倒れそうになった。

「店のシャッターが閉まっとる・・・」

 

幸いなことに実家には「なごやん」が存在した。

小豆ではないが、心がホッとした。

 

 

年を取ると、演歌のよさがわかってくる。

私の場合、元々子供の頃から好きであった。

それでも様々な人生経験を経て、歌の意味がわかるもの。

 

私が中国でPPTVの配信により、NHK紅白歌合戦を見るようになったのは、2008年(平成20年)であった。

以来毎年演歌..特に石川さゆりさんを楽しみにするようになった。

であるので、2014年(平成26年)の紅白で『天城越え』を聴いた時は、「日本に帰って来た」ことを実感した。

 

とひっぱるだけひっぱってみた・・・。

 

中国にいる時に、韓国や台湾の日本の演歌的な歌で心を落ち着けることが増えたのが2011年であったと思う。

その年は初めて夏に一時帰国をして、日本の夏の美しさを改めて知った。

それが大きかったのかもしれない。

そして閩南語の歌を聴くことが増えた。

 

中国に住んでいた。

中国系の文化に浸るのは必須。

おまけに私は中国語南方方言オタクでもある。

 

閩南語の歌のおかげで、それからさらに3年中国生活を過ごせたのかもしれない。

 

私に何ができるのか

中国から戻ってきて一度前職に戻った。
お金のため。
そして元々その仕事が嫌いなわけではない。

ただ体力の面を含めて、様々な理由があり、ずっと続けることを止めた。

そして社会人のひとりとして、後進の方々の育成も必要かと思っている。

社会は簡単には変わらない。
だがひとりひとりが可能な方法を用いたとしたら。

今私は教育の世界にいるわけではない。
だが、教育は大切だと思っている。

私に何ができるのか。

このブログはそういうことを考える心の整理の場でもある。