久しぶりのTOEIC

私が最初にTOEICを受験したのは会社を辞める2か月前の2003年の3月であった。
当時中の仕事と外の仕事を抱えておりかなり追われていた。
さらには悪あがきの就職活動もやっていたので、ほとんど勉強していなかった。

まずは己の実力を知るつもりで受けたのだが、愕然とした・・・。
5月末で会社を辞めて日本語教育の勉強を初めたのだが、同時に英字新聞を購読しだした。
しばらくは貯金と退職金で食いつなぐつもりであり、なるべく出費は減らしたかった。
だが一応大学卒業程度の英語にはしておきたかった。
(英語がそれほど得意ではない理由はおいおいと記してゆこうと思う。)

そんなこんなで中国に渡る前には一般の大学卒業程度にはしておいたつもりである。

本日本当に久しぶりにTOEICを受けた。
少しは良くなっていると思っていたのだが、打ちのめされた・・・。

ただ中国での生活であっても、外国人であるからには多少の英語と対峙することになる。
特に最後に7年過ごした都市では。

しかし本日よーくわかったことは「己の英語はいかにブロークンであるか」と・・・。

今後の外国語の試験の受験計画を考え直してみたほうがよいのかもしれない。
スポンサーサイト

日本が発展した理由は?(「明日は春節」ということで特別記事)

2017年1月28日(土)は旧暦の一月初一。
つまり旧正月。

2015年のその日は休暇を取った。
2016年は職種が変わったばかりであり、かつ中国人同僚が休まずに動くので、私も出勤した。
今年2017年は土曜日であり、仕事に就いていたとしてもその日は遠慮なく休んだであろう。

そんな私は現在無職なので、大晦日となる本日もほとんどを自宅でのんびりと過ごしている。

話は変わる。

中国で日本語を教えている頃によく聞かれた。
「日本が急速に発展したのはなぜ?」
「日本はどうして太陽暦導入と同時に多くの行事まで新暦で行うようになったのか?」

私はこう答えていた。
「毎年いつが休みなのかはっきり決まっていたほうが長期計画が立てやすいからだと思う」と。

確かに季節の行事は大切であり、私もそれは守るようにしている。
そして中国で生活していたので、現地で春節を過ごしたことも5回/9回あるので、その感覚はよくわかるしいまだに維持している・・・。

しかし年末近くになって翌年の休日の詳細が発表され(なおかつ中小企業や中小の教育機関だと休みの直前になって休みの日程やその調整が決ま)る状態であると、やはり長期計画を立てることは難しいのである。

そういうわけで私は上記のように答えていたのであった。

さて、思いっきり中国かぶれの私は明日からの1年も良い年にしたいと思っている。
(日本人の私は新暦の正月と節分でも同じことを考えます・・・。)

『沈黙-サイレンス-』を見て

タイトルの通り『沈黙-サイレンス-』を見てきた。

劇中で使われていた言葉は日本語、英語、ラテン語(←だよね?)。

その中でも私の心に響いたのは(某SNSにも簡単に印したのだが)Pet Shop Boysの“It’s a Sin”の最後にも登場するラテン語。

もっとも映画の中で私がはっきりと聴き取れたのは
“Mea culpa, mea culpa, mea maxima culpa.”だけだが・・・。

参考及び出典:『およげ!対訳くん』2015年5月27日水曜日の記事より
http://oyogetaiyakukun.blogspot.jp/2015/05/its-sin-pet-shop-boys.html

時折思う。
私の「最大の罪とは何であるのか」と。

日本にもおいしい本格中華料理店はけっこうあるのね

昼前に名古屋に出かける前に公園の無料駐車場からこのブログ記事をアップしようと思ったのだが、以前スマホのアプリを使ってから2回パスワードを変えているので、送信できなかった。

一度ログアウトしてから新しいパスワードで入り直そうとしたのだが、そのログアウトができない・・・。
アプリを削除してもう一度インストールしようかと思ったのだが、時間が迫って来たので止めておいた。

そういうわけで夜中にこうして打っている。

べつに昨日(2017年1月20日)が小年であるからではなく、中国人の友人たちと中華料理を食べに出かけたのであった。

昨年12月にその友人たちが知っているという羊肉串のお店に行きたかったのだが、その時の集いは普通の日本人もいたので普通に居酒屋となった。

その中国人の友人たちは私がそれを食べたかったことを覚えていてくれた。
友というものは有り難いものである。

国籍を問わずその友人たちは私にとってとても有り難い存在。

私はけっこう我が道を歩むタイプであり、決して自分から甘い言葉で人の心に入り込むことはしない。
多くの中国の方のように一度知り合えば友達という感覚は私にはない。
であるので、友達の数は決して多くはない。

しかし有り難いことにそんな私には質の良い友がいたりする。
今回は中国の方々であったのだが、日本の友にはいつも支えていただいている。

と昼に書いた内容とは違うのだが、深夜にはなったが一応自分で決めていた20日(というか21日未明だが・・・)にアップしておく。

韓国語初級の半分まで復習終わり???

韓国語。
中国にいる時に初級の半ばまで独習した。
それを昨年12月半ばから復習していた。

とはいえ(中国で初級の半分まで勉強したテキストは帰国のおりに荷物を減らすために処分してきたので)同じく中国から持ってきて8課までやっていたテキストを使って勉強したので、今まで勉強したよりは文法上で考えるとはるか余分に勉強していることになる。

現在50課中の25課まで勉強したのだが、明日からはもう一度ハングル文字から戻って復習するつもりでいる。

一番話せる外国語である中国語はとにかく基本を端折ったので、いまだに音声面で苦労している。
(聴解という意味ではない。聴解はけっこう得意である。)
おまけに初級の途中と中級の最初の頃も端折って覚えていたりする・・・。

だから韓国語はある程度大雑把に勉強していながらも、基本を大事にしたいと思っている。

ちなみに本日勉強した外国語は韓国語のみ。

一番必要な中国語はお休みしている。
(朝から頭が痛い・・・。)

自己紹介の中国語で準備していたものを捨てた結果

中国にいた頃面接などで中国語を使ったこともある。

現在の私は当時よりも中国語がわかるのだが、逆にとっさに話せなくなることも増えたような気がする。

やはり常に会話のキャッチボールをしていなければ駄目なのだと感じる。

もうひとつのブログにも記したが、今回はやりとりではなく自己紹介のときに失敗をやらかしている。

(こんなこと別にたいしたことではない。まあ結果には響くであろうが。)

それでも頭が2回も真っ白になった割には最後にキメ台詞を吐くことができた。
ちなみに当然自己紹介も準備はしてあった。
ただは面接中のやりとりから、とっさに作り直したという次第。

必要に迫られて・・・

せっかく日本に帰って来ているのに、韓国語を勉強するときに基本は中国語で書かれたものを用いているのにはわけがある。

今月29日(日)のTOEICを申し込んであるにもかかわらず、あまり真面目に勉強していないのと同じ理由。

12月4日(日)に受けて手に入れたHSK5級の後はとりあえず英語だと決めていた。
だがその中国語を伸ばしておかなければならない事態となったのである。

まあ、そんな状態で(ざーっとなのだが)韓国語を勉強しているのも当然理由がある。

うまくいくかいかないかはやってみなければわからない。

私は死ぬときにあれこれ感じるであろう後悔を少なくしておきたいと思いながら生きている。

韓国語学習はある意味怖い?

もうひとつのブログでも記したが、本来今月勉強すべき英語学習を疎かにして、韓国語学習と中国語のブラッシュアップをしている。
当然理由があってのこと。

ただ・・・。
最近諸事情で中国語思考や中国語での独り言を今まで以上に増やしているのだが、とっさという表現がぴったりなときに韓国語になったりする・・・。
もちろんうろ覚えで、なおかつ語彙量はとても少ない。
語彙量がすくないので、その「とっさ」状態のときわからない部分に日本語や中国語が混じる・・・。

「なるほど」と思った。
それは日本語教師時代に経験したこと。
同じ中国本土の学習者なのだが、やはり朝鮮語が母語の方はやはり途中から日本語の覚えがとても速い。
まさに「一を聞いて十を知る」という表現がぴったり。

(あまり真面目に勉強していない方でさえも教師の私と普通に話したりできていたのが不思議なぐらい・・・。)

中国本土で勉強を始めた韓国語母語話者の方もとても覚えが速かった記憶がある。

また日本で何人かのモンゴル語が母語の中国本土出身の方と出会っているのだが、本当に母語話者並みの日本語であった。
そうなるとほんのたまに発生する間違いなんてまったくたいしたことではなくなる・・・。

ちなみに私が韓国語学習の中でとても役に立ったことは今まで数多く見た韓国ドラマよりも、韓国語の歌よりも、00年代前半にビデオに録って見ていたり、中国在住時代にネットで見直していた草なぎ剛さんの『チョナン・カン』と『チョナン・カン2』の記憶。

勉強しながら、「あ~、あのときあの場面でチョナンが使っていたよなぁ~」と思うことがよくある。


本日はここまで。

中国語読解過去問題対峙中に泣いた男・・・

昨日(8日)の晩、本日9日(月)が祝日であることにやっと気がついた・・・。
昨年1月までは週休2日も完全ではなく、祝日も休めないことが多かった。
もっとも昨年の成人式の三連休は超個人的な理由により無理やり休んでいたのだが・・・。

そういうわけで(どういうわけ? 意味わからん・・・)本日もかなり長い時間勉強をした。
中国語、中国語媒介による韓国語を。
(だから英語はどーした・・・)

ずっと中国に住んではいたが、仕事中はたいてい日本語オンリー。
事務の方などと話すときに中国語を使っていたが。

というわけで中国語のアウトプットはあまり得意ではない。
それでも聴く、読むについてはだいたいわかる。
そういうわけで歌を聴いていて突然涙がこぼれ落ちることもある。

外国語の読解、特に中国語のものはとても教えが深い。
本日中国語検定2級の過去問の読解部分を音読していたときに突然声が詰まった。
涙がボロボロこぼれる。
「俺何やってんだ! 今読解に対峙しながら音読をして話す練習もしているのに・・・」
とは思う。
しかしそれから2行も進まないうちに何も言えなくなった。

齢を重ねると涙もろくなる。
それに私は自分で言うのも何だがけっこう心が純であったりする。
「試験中に(口に出しては読まないものの)感極まって問題が解けなくなったらどーすんの」とも思った。
事実13年前HSK試験の読解中に必死に笑いをこらえて問題を解いたこともあったので・・・。

確かに日本語母語話者は漢字がわかるので中国語の読解に関していえば、他の地域の方よりはかなり有利となる。
しかし読んでボロボロ泣くということは行間も読んでいることになるのかもしれない。
私の中国語もかなりレベルアップしたものだと感じる。

読んで、聴いて感動できる。
言葉がわかることで感動が増える。
これはとても素晴らしいことではなかろうか。

と(就職活動中の私は)思いつつ、おやすみなさい~


欲張りおじさんは中検2級も受けてみようかと・・・

まだ証書は届いていないものの、先日無事にそれなりの得点でHSK5級を手にした。
(証拠としてスクリーンショット画像をトリミングしてPDF化してある。)

気が楽になって2015年の1月に買った「中国語検定2級」の2013年過去問題集を開いてみたのが1月5日(木)。
「あれっ? 意外に簡単じゃん!!」という感想であった。

当時は帰国して半年ちょっと。
その時抱えていた仕事から次の仕事に移る数週間前であった。
「そろそろHSKを受けよう。ちなみに5級と同じぐらいのレベルだと言われる中検2級ってどんなものだろう」と買った問題集。
当時の感想は「わからないことはないが、まずは一段階したぐらいから勉強しよう」と決意。

(中国在住時代は仕事上のスケジュールから広州に行ってHSKを受ける余裕がなかった。
日本語教師などをしていると、どうしても学生というお客様優先となるので。)

しかし現場管理業務はそれなりに追われるのである。
帰宅した後に勉強する気持ちが生まれない。
とはいえ平凡な私がこの社会で生き残ってゆくには勉強しかないのである。
というわけで2015年は娯楽としてネットやドラマで外国語に触れていた。
それでも日本語教育能力検定試験だけは勉強して受験した。

そして昨年2016年は職種を変え、勉強できるだけの余裕ができた。
というわけで試験対策としての中国語の勉強をけっこう真面目に行った。

そのおかげでHSK4級・5級共に手に入れることができた。

今年は6月(7月に変更)にTOPIK(韓国語能力試験)初級を受け、秋にHSK6級を受けようと思っていた。
しかし再就職して勉強時間が上手く取れるかどうかわからない。

そこでまずは(就職活動以外空き時間がある)今現在復習として中検2級の勉強をし、3月下旬に受けてみようと考えた。
というのはできれば将来中国語検定も準1級は取っておいたほうが良いと思うので、24年ぶりに中検を受けて雰囲気を掴んでみようという次第。

中国語の試験を知らない方から見れば、HSK5級や6級など低いレベルだと思うはず。
(韓国語のTOPIKの5級と6級も同様。)

日本のシステムしか知らない方には6級が最高峰だなんてわからないのである。

この先どんな仕事をしても、多少は中国とのつながりを持っていたいと考えたとき、履歴書や経歴書で光る資格があったほうが良いかと。

もちろん再開した韓国語の勉強も続けてゆくつもりである。
外国語としてはすでに中国語よりも韓国語に目が向いているのだし。

中国で日本語教師をしているときに履歴書や面接の指導も行っている。
そのとき学生に言ったこと、それは「+α、+one」。
中国で日本語が話せる方はけっこういる。
その中で日本語に関係した仕事を手に入れようとすれば、日本語だけでは負けてしまうのである。
それと同じこと。

(・・・。1月下旬に受けるTOEICの勉強がかんばしくない。受験料を払ったし、今現在の実力を知るために受けるが・・・。)