日本語、韓国・朝鮮語、モンゴル語のニュアンス

昨年の6月頃であったと思う。

私は中国の民族音楽も好きであったりする。
YouTubeであれこれビデオを見ていると、2つのモンゴル族の歌が心に響いた。
ひとつはモンゴル国でも歌われているもの、もうひとつは内蒙古のミュージシャン(グループ)が発表したもの歌。

どちらも中国国内の(民族を問わず)様々な歌手(単体またはグループ)によって歌われている。

もちろん中国語だけでなく、モンゴル語でも歌われている。

あえてタイトルは記さないが、本日も車の中で聴いていた。


中国で日本語教師をしていたので、朝鮮族の方で母語が朝鮮語であったり、母語ではないがそれなりに話せる方は日本語の習得も速いことをよく知っている。

だがそれはモンゴル族の方にも言えること。

教えた中のモンゴル族の方の母語はモンゴル語ではなかったので、直接はわからない。
だが後に日本で中国の内蒙古出身のお客様の何人かとお会いすることがあった。
なんと、日本語母語話者のように話す方が多かった。

これらの言語は語順が同じだからという理由だけではないと思う。

(一般の方々に比べると、それほど熱心に勉強しているわけではないのだが)中国語学習者であり、
中国にも住んでいたことがある私から見ると、中国語は一つの言葉で複数のことを表現できる場合がけっこうある。

ところが日本語や韓国・朝鮮語、モンゴル語は表現が多様なのである。

そういうニュアンス的な区別がなんなくできてしまうところもあるからこそ、習得が速かったりするのかもしれない。

韓国語は少しだけわかるのだが、モンゴル語はわからない。
モンゴル語よりは中央アジア言語、それに付随してロシア語のほうの興味が強いのだが、
言語に関係している者として、少しはかじってみたいような気もしている。

ただ昨日も記したが、私の人生も後半に入っている以上、虻蜂取らず的なことは避けたい。



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