心は韓国に傾いているが

外国生活の夢がはっきりと固まったのは20代半ば。
将来ビザが取りやすくなるための行動を始めたのもその頃。

特に中華圏を夢見ていた。
ところが2002年夏に苦しんだ挙句、1週間の入院をすることとなった。
入院までの約1か月とその直後は心細くなっていた。

中国に渡るよりは韓国の方が近いという理由で韓国に心が傾いた。
もっとも韓国も昔から好きであったし、一度行ったことがあるのだが。

その時はやたらと韓国のものが目に触れ、耳にも入って来た。
日韓共催サッカーワールドカップの年でもあったし。

翌年2003年になり、NHK BS-2で『冬のソナタ』”겨울연가”(2002年 韓国KBS2)が放映された時もそれを見ながらそんなことを想っていた。

それでも行動計画の力なのか、縁なのかわからないが、無事に中国で9年ほど生活をして戻って来た。

ところが中国にいる間も韓国や中国朝鮮族との縁は深かった。
特に2012年の尖閣問題により、2011年の東日本大震災の後徐々に入りつつあった日本の食料が途絶えた時は韓国食材に助けられた。

そんな私の韓国語はお粗末ではあるが、真面目に勉強すれば中国語を越すと思われる。
やはり日本語と中国語により漢字語を聴いてなんとなく意味がわかってしまうことは強みだと思う。

ところが秋にある試験を受けるために、それほど勉強が進んでいない。
それに帰国後にずっと受けたかった新HSKも受けたい。

なんだかんだ言っても、最初の関門を突破するには実力を証明できるものが必要なのである。
いくら実力社会であっても。

日本語学習者の多くが日本語能力試験にこだわるのも同じこと。
はっきり言ってJ-TESTの方がはるかに高いレベルまで測れるのに、社会のシステムは日本語能力試験をありがたがっている。
(やはり国際試験だけのことはある。)




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