最初から中国語普通話が得意(?)であったわけではない

最初から中国語普通話が得意(?)であったわけではない。
それよりも広東語に興味があった。
その理由はやはり香港映画や香港の歌手たちの影響、そして香港の発展だったに違いない。

今でこそ本土の様々な都市が近代化都市となっているが、昔はそうではなかった。
やはり私も若かったので、ある程度はおしゃれな部分に憧れていたのであろう。
そんな私が中国赴任で広東省を選んだのは当然の成り行き。

それでもその時はまだ私の中に「広東省はみんな広東語」というイメージが残っていた。
実際97年に香港から深センに入った時に話せない方もいることは知っていた。
いや92年に初めて香港→広州→内陸部に入った時に気づいている。

まあそれでも最初に赴任した場所が広東語隆盛地であったことは助かった。
そうでなければ、生活は大変であったに違いない。

もっとも警察や銀行、バスターミナルまで最初から広東語という余所者に優しくない事象から、だんだんと広東語から離れて行くきっかけとなった。

(ちなみに市外は客家語地域であった。)

それでもそれらの体験は中国南方方言に興味があった私には有り難かった。
そして一度広東語から離れたことで、様々なことに目が行くようになったのであるから、やはり必然的な縁であったのであろう。

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